私(鶴岡)はオーストラリアクイーンズランド州ゴールドコーストにあるボンド大学で、TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages、英語教授法)の修士コースを2001年から2003年にかけて専攻し、ノンネイティブ英語教師の有用性をテーマにその最後の一年をかけて修士論文を書きました(原文英語)。
この記事はその論文の中から、読者の皆さまにとって興味深いと思われる箇所をピックアップし、その要旨を日本語で掲載したものです(2017年加筆修正)。
記事では、「ネイティブ英語教師とノンネイティブ英語教師、どちらが優れているのか」「ノンネイティブ英語教師はネイティブ英語教師より劣っているのか」という、英語を母国語としない教師が英語を教えるときに避けては通れない問題を扱っています。
英語の学習者の方々、英語を教える先生方の双方にとって役に立つ内容だと思いますので、少し専門的ですが、興味のある方はぜひお読みになってみてください。
結論は、「ネイティブ英語教師とノンネイティブ英語教師は対等です」
このテーマの結論から先にズバリ言うと、「英語教育において、ネイティブ英語教師とノンネイティブ英語教師は対等であり、どちらも同じくらい価値があり、重要である」です。
ネイティブ英語教師、ノンネイティブ英語教師、それぞれに長所と短所があり、どちらが絶対的に優れているということはありません。
英語教育において、両者がそれぞれ異なる役割を持っており、それぞれの役割は共に欠かすことのできない重要なものです。
そして理想的な英語教育の形は、「双方の教師が互いの長所を生かし短所を補い合い、役割を分担しながら協力し合って教える」というものです。
ノンネイティブ英語教師としての自分へのコンプレックス
私が学位論文にこのテーマを選んだわけは、私自身、自分がノンネイティブ英語教師であることにコンプレックスを持っていたからです。
英語は自分にとって第二言語であり、どんなに努力を重ねてもネイティブになることはできません。
英語はそれを母国語とする教師が教えるもので、ノンネイティブ英語教師はネイティブ英語教師より劣ったおまけのような存在という認識を漠然と持っていました。
この劣等感は、私の論文の中にも述べられているように、世界中で英語を教えるノンネイティブ英語教師が共通に持つ悩みです。
また英語の学習者も、「英語の理想的な教師は英語のネイティブスピーカーである」と盲目的に信じ(native speaker fallacyと呼ばれます)、圧倒的にネイティブ英語教師から教わることを望んでいます。
このようなノンネイティブ英語教師にとって厳しい状況にあって、自分のノンネイティブ英語教師としての役割と価値を見出し、どうにかしてこの劣等感を克服したいと思ったのがこの研究のそもそもの動機でした。
ノンネイティブ英語教師の強みとは
近年、多くの応用言語学者や現場の教師によって、ノンネイティブ英語教師の有用性についての発言や研究がなされるようになってきました。
一般的に指摘されているノンネイティブ英語教師の強みとは、
1.生徒の母国語を使用して教えることができる。
2.英文法を通して英語を習得しているため、英文法に精通している。英文法をより効果的に教えることができる。
3.英語学習の成功者として、生徒が目標とするべき英語話者のモデルを提示することができる。
4.自らが英語を学習してきた経験から、learning strategies(英語の効果的な学習の仕方)をよりよく教えることができる。英語の習得の道筋を熟知している。学習者がつまずく箇所を知っており、回避することができる。
5.自らが苦労して英語を習得した経験から、語学学習の困難さを知っており、そのため生徒の気持ちをより深く理解でき、共感し、励ますことができる。また同じ文化的、社会的バックグラウンドを共有しているため、生徒をよりよく理解することができる。
などです。
これらの長所を適切に利用して教えれば、とくに学習者の英語レベルが低い段階で、ネイティブ英語教師よりずっと効果的なティーチングが可能だと言われています。
コンプレックスを克服するために
ノンネイティブ英語教師であることのコンプレックスを克服するために、次のようなことが必要だと私は研究を通して理解しました。
つまり、
1.まず、上記のノンネイティブ英語教師の強みを正しく理解し、認識する。
2.その上で、これらの強みを実際のティーチングで生かすように努め、また、もっとも効果的な生かし方を模索する。
3.同時に、生徒側のノンネイティブ英語教師に対するネガティブな見方を改善する。そのために、言語や言語学習についての生徒の理解を促す教育をする(general language educationと呼ばれます)。その教育とは、たとえば「母語と第二言語の習得のされ方にはどんな違いがあるのか。なぜ日本人は、英語ネイティブが英語を身につけたのと同じ方法では英語をマスターすることができないのか」、あるいは「ノンネイティブ英語教師から教わる利点は何か」といったことを学習者に理解してもらうことである。
これらに加えて、ノンネイティブ英語教師の最大の欠点である英語力を高める努力をし、また語学教師としての技術をみがくことももちろん大切だと思います。
私の考える、これからのあるべき日本人英語教師
この研究を進めるうち、これからの日本の英語教育を担うべき日本人英語教師とはこのようなものという、現実的な(理想ではなく)具体像が浮かび上がってきました。
それは、
1.英語が話せる。必ずしも「ぺらぺら」のレベルでなくてもよい。数ヶ月から一年程度の留学経験があることが望ましい。発音は、日本語訛りが多少あっても構わない。
2.英語教授法の正規のトレーニングを積んでおり、プロの語学教師としての専門知識と技術を持っている。会話も含めた実用的、総合的な英語が教えられる。
3.日本人英語教師としての自分の強みをよく理解し、それを実際のティーチングで生かすことができる。たとえば、日本語を適切に使って分かりやすく教えられる。自分の役割と価値を認識し、日本人英語教師であることに自信を持っている。
などです。
これらに加えて「教え方がうまい」、「熱意があって人柄が優れている」などの、教師としての一般的な資質も重要なのは言うまでもありません。
このような日本人教師に教われば日本人の英語力は確実に上がっていくと思いますし、実際に次世代のこうした先生もその数が少しずつ増えてきていると感じます。
日本人英語教師は、ネイティブ英語教師と完全に対等です
この研究の結果、私はいまでは「ネイティブ英語教師とノンネイティブ英語教師は対等である」と100%確信しています。そしてもちろん、日本人英語教師もネイティブ英語教師と完全に対等です。
初級レベルの日本人英語学習者を教えるとき、日本人英語教師はネイティブ英語教師にはない強みを発揮し、ずっと分かりやすく効果的に教えることができます。
日本の小学生、中学生、高校生は日本人英語教師を中心に、ネイティブ英語教師は補助的な形で教えられるべきです。英会話がはじめての大人の学習者も、外国人講師の英会話スクールへ行くより、はじめは日本人英語教師から教わった方が早く上達することが多いです。
特有の強みを持ち、英語の初級者を教えることに長けた日本人英語教師は、それによって英語力不足の弱点を埋め合わせ、ネイティブ英語教師と対等の立場に立つことができます。
日本人英語教師の役割は日本人の英語力の基礎を築くことであり、この役割はネイティブ英語教師に代わることのできない価値あるものです。
「縁の下の力持ち」の日本人英語教師
日本人英語教師はいわば「縁の下の力持ち」のような存在です。
同じ日本人として、また同じ英語の学習者として生徒のことを理解し、励まし、生徒の英語力の基礎を築く役割を担います。そして、「外国人と英語でコミュニケーションしたい」という生徒の望みの実現を、陰で支えます。
地味な存在かもしれませんが、日本人英語教師がいなければ日本の英語教育は成り立ちません。
日本の英語教育の主導権を持つ
日本人英語教師は自分たちの果たす役割と自らの価値に自信をもち、日本の英語教育の主導権を持つべきです。ネイティブ英語教師に過度に頼ってはいけません。
将来、日本人英語教師から教わった英語学習の成功者がもっと増え、それによって日本人英語教師の重要な役割と有用性が認識され、ネイティブ英語教師偏重の間違った英語学習観が改善されて欲しいと願っています。
ESL Learners’ Perceptions of Non-Native English Speaking Teachers
さて、論文の具体的内容ですが、タイトルは「ESL Learners’ Perceptions of Non-Native English Speaking Teachers」で、英語学習者がネイティブ英語教師と比較してノンネイティブ英語教師の有用性をどう捉えているか、サーベイにもとづき研究しました。
さらにその結果から、英語教師としての厳しい現状を、ノンネイティブ英語教師がどのように自ら改善していくことができるか、教育学上の示唆を行っています。
これまでの研究のreviewである第一章を特にお勧めします。
【論文】ネイティブ教師VSノンネイティブ教師(目次)
①ネイティブ英語教師とノンネイティブ英語教師、どちらが優れているの?
ESL Learners’ Perceptions of Non-Native English Speaking Teachers
第1章・・・これまでの研究(抜粋)
第6章・・・結論と示唆(抜粋)